ここ数日は、あんまり雪が降ってない。
今日なんていい天気だったから、ちょっと近所に日用品を買いに行こうと思ったら、りょんが超いやがったので断念。
「せっかくの休みなのに! 遊ぶ時間がなくなる」
とか言ってたな……。
りょんは、休みをこの上なく愛しているのでした。
4月から、かじゅは未就園児の週1回のクラスに参加する予定なんだけど、りょんは
「かじゅぽん、もし嫌がったらどうする? かなしいーっていうかもね! おうちのほうが楽しいもんね〜」
と言ってた。
かじゅは……楽しいと思うよ〜。私も一緒に参加だし、なにより幼稚園好きだからなあ……。
さあって、そんな感じで、今日はパンを焼きました。
みんなでこねた!
ねばねば〜。
おいしくできました。
最近は、ブロックに凝っているりょんです。

ブロックで作ったロボットと同じポーズしてるんだって。
そんなりょんは、昨日おもしろいことを言っていた。
私が手帳を見ていたら突然
「このページをすぎますと およそ3分で 次のページに着きます」
……!
最近久しぶりに電車に乗ったから、アナウンスが印象的だったらしい。
おかしいー。
かじゅは、夜ごはんに出ていたピーマンを見てひとこと。
「さやえんどうさんの ベッド いらない!!!」
だから、ピーマンだってばよ。
ところで、いろいろな恵みについて考えている今日この頃。
一般的に言って、苦しみとか悲しみ、不幸と思われるような出来事も、実は「恵み」なんじゃないかとこのごろ思う。
起こる出来事はひとつだけど、ひとはそれにいろいろな感情をくっつける。
ある人から見たら苦しみも「よいこと」になるし、ある人から見れば同じ苦しみも「拷問」になる。
あとからの意味づけで、出来事の色までも変わるのです。
で、生きていればいろんなイヤな事があるけれど、最近それらがすべて「恵み」なんだと思うようになった。
その出来事で、得られるものがあり、新たな思いが与えられるのだとしたら、すべていいことなんじゃないかなーと。
聖書にも、苦しみにあったのはわたしのためによいことでした、という聖句がある。
苦しみもまた恵み。
ま〜、あとから見たら、ってことです。
苦しみのさなかにあれば、なかなかそんなこと思えないけど、でもどこかに信じる光があるといいなと思う。
闇は光には絶対に勝てないのです。